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富山地方裁判所 昭和51年(ワ)290号 判決

原告

石川宗之

ほか三名

被告

富山県

主文

一  被告は、

1  原告石川宗之に対し、金五三万八、八〇〇円及び内金四八万八、八〇〇円に対する昭和五〇年五月二九日から、内金五万円に対する昭和五七年一月三〇日から各支払ずみまで、年五分の割合による金員

2  原告石川百合に対し、金五〇一万七、二五五円及び内金四五六万七、二五五円に対する昭和五〇年五月二九日から、内金四五万円に対する昭和五七年一月三〇日から各支払ずみまで、年五分の割合による金員

3  原告石川環に対し、金九八万五、七七二円及び内金八八万五、七七二円に対する昭和五〇年五月二九日から、内金一〇万円に対する昭和五七年一月三〇日から各支払ずみまで年五分の割合による金員

4  原告石川しのぶに対し、金三五六万二、七六四円及び内金三二六万二、七六四円に対する昭和五〇年五月二九日から、内金三〇万円に対する昭和五七年一月三〇日から各支払ずみまで年五分の割合による金員

をそれぞれ支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その三を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨(原告ら)

1  被告は

(一) 原告石川宗之(以下「原告宗之」という。)に対し、金一四八万九、七七〇円及び内金一三五万九、七七〇円に対する昭和五〇年五月二九日から、内金一三万円に対する昭和五七年一月三〇日から各支払ずみまで、年五分の割合による金員、

(二) 原告石川百合(以下「原告百合」という。)に対し、金六七二万三、四一五円及び内金六一二万三、四一五円に対する昭和五〇年五月二九日から、内金六〇万円に対する昭和五七年一月三〇日から各支払ずみまで、年五分の割合による金員、

(三) 原告石川環(以下「原告環」という。)に対し、金一三四万二、七一七円及び内金一二二万二、七一七円に対する昭和五〇年五月二九日から、内金一二万円に対する昭和五七年一月三〇日から各支払ずみまで、年五分の割合による金員、

(四) 原告石川しのぶ(以下「原告しのぶ」という。)に対し、金四五八万九、八九一円及び内金四一八万九、八九一円に対する昭和五〇年五月二九日から、内金四〇万円に対する昭和五七年一月三〇日から各支払ずみまで、年五分の割合による金員、

をそれぞれ支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

3  仮定的に担保を条件とする仮執行免脱の宣言。

第二当事者の主張

一  請求原因(原告ら)

1  事故の発生

昭和五〇年五月二九日午後一〇時五七分頃、富山市大泉東町二丁目一八番一号地先交差点を小泉町方面から山室方面に向かつて青信号に従い進行中の訴外吉江信明運転の普通乗用自動車(以下「吉江車両」という。)に訴外近藤金光(以下「近藤」という。)運転の普通乗用自動車(以下「近藤車両」という。)が衝突し、そのため折から同交差点を山室方面から小泉町方面に向かい青信号に従つて進行して来た原告環運転、同百合及び同しのぶ同乗の普通乗用自動車(以下「被害車両」という。)の右前部に吉江車両が再度激突し、原告百合は額面挫傷、耳挫傷、頸部捻挫、両肩部打撲、両膝部打撲、左手関節部挫傷、右上腕挫創、右胸部打撲等の、同環は骨盤骨折、両膝部挫創、両足関節部挫傷、顔面挫創、右上腕前腕挫創等の、同しのぶは左大腿骨々折、右手背前額鼻背挫創等の各傷害を負つた(以下「本件事故」という。)。

2  本件事故に至る経緯

(一) 近藤車両の発見と追跡開始

昭和五〇年五月二九日午後一〇時五〇分ころ、富山警察署外勤課自動車警ら係巡査島谷忠男、同稲見成美、同奥井智貴は、警ら用無線自動車(パトカー富山一一号、右島谷が運転、同稲見及び同奥井が同乗、以下「本件パトカー」という。)に乗車して富山市緑町一丁目方面から同市住吉町一丁目一番一号方面に向け北進しながら機動警ら中、富山警察署住吉警察官派出所前の国道八号線(現国道四一号線、以下「国道八号線」という。)との交差点にさしかかつた際、同国道を高岡方面から魚津方面へ向け走行中の近藤車両が速度違反車であることを現認した。

島谷巡査らは、直ちに近藤車両の追尾を開始し、現認地点より約四〇メートル東進した富山市舘出町二丁目五番河上金物店前付近から約二〇メートルの車間距離をとつて約三八〇メートルの間追尾して測定したところ、同市双代町二七番地富山交通株式会社前付近で同車の速度が時速七八キロメートル(制限速度は時速四〇キロメートル)であることを確認した。そこで、島谷巡査らは違反車両を停車させるため、赤色灯を点灯し、サイレンを吹鳴して追跡を開始した。

(二) 近藤車両の停止

近藤車両が、富山市荒川西部一〇〇番地富山三菱自動車前付近で停車したので、島谷巡査らは、本件パトカーを同車の前方約二〇メートルの地点に停車させた。それまでに島谷巡査は、近藤車両の車両番号(名古屋五六て五三〇五号)を確認した。

(三) 近藤車両の逃走と再追跡

ところが、本件パトカーから降りた巡査が近藤車両に近寄ろうとしたところ、同車両は突如Uターンして高岡方面に向け時速約一〇〇キロメートルで逃走を開始した。そこで島谷巡査らは、本件パトカーに乗車し、直ちに赤色灯をつけサイレンを吹鳴して追跡を開始すると共に、富山県警察本部通信司令室を通じて県下に逃走車両の車両番号・逃走方向・車種・車色について無線手配を行つた。

近藤車両は時速約一〇〇キロメートルで逃走を続けたが、その間富山トヨタ自動車株式会社前付近でトラツク一台を反対車線に出て追い越し、また、前記Uターン地点より二キロメートル余りの地点である富山市東町一丁目東町交差点に至るまでの国道八号線上の、同市田中町一二八番地田中町交差点、同市双代町七番地双代町交差点、同市舘出二丁目四番地地鉄不二越上滝線舘出踏切、同所二丁目一番六号舘出交差点の各所に設置されていた四か所の信号機のうち二、三か所は赤信号を無視して走行した。

(四) 東町交差点左折の状況

島谷巡査らは、本件パトカーで、逃走する近藤車両と約二〇ないし五〇メートルの車間距離を保つて時速約一〇〇キロメートルで追跡していつたが、近藤車両は前記東町交差点にさしかかるや、同交差点には直進する先向車二台が既に信号待ちのため停車していたにもかかわらず、減速しつつ強引に右折車線に割り込んで赤信号を無視して大回りで左折逃走していつたため、本件パトカーも同様の方法で左折し追跡を継続した。なおこの時、同交差点付近を警ら中の警察官が無線手配を傍受し近藤車両に停止の合図を送つていた。

(五) 左折後本件事故現場に至るまでの状況

左折後、近藤車両は時速約九〇キロメートルで逃走し、本件パトカーとの間隔は約五〇ないし一〇〇メートルであつたが、パトカーは時速約七〇ないし八〇キロメートルで追跡を継続した。

途中、近藤車両は時速約七〇キロメートルに減速し、島谷巡査らも同市音羽町一丁目音羽町交差点付近を減速して逃走していく近藤車両を確認したが、本件パトカーは同市元町一丁目清水町交差点をサイレンを一回断続的に吹鳴して前記速度のまま追跡していつた。

近藤車両は同市清水旭町一丁目七番清水旭町交差点の信号機の点滅信号を無視して逃走し、本件パトカーも同様に追跡していつた。そのうち、近藤は、自車後方視界にパトカーが入らなくなつたので一旦逃げおおせたものと思つたが、前記東町交差点より事故現場までの約一・七キロメートルの中間ないし更にやや事故現場寄りに進行してきた地点で再び後方に追跡中のパトカーの赤色灯を自車室内鏡で認め、速度を時速約一〇〇キロメートルに加速して逃走し、そのまま本件事故現場に突つ込んだものである。

右の間、近藤車両は、同市雄山町八丁目八雄山町交差点の赤点滅信号を無視し、同市大泉東町一丁目大泉二区交差点の赤点滅信号も無視して逃走していつたが、本件パトカーも同様信号を無視して追跡を継続した。

なお、パトカーは、前記雄山町交差点付近でサイレンの吹鳴を中止したが、その後本件事故発生とともにサイレンを一回吹鳴して本件事故現場まで進行し同所に停車した。

3  責任原因

(一) 島谷巡査らの過失

(1) 近藤車両のUターン逃走に対し再追跡をした過失

本件パトカーが、近藤車両を違反車両として追跡を開始してから近藤車両が一旦停止するまでの間、島谷巡査らは、近藤車両が追跡開始と同時に時速約一〇〇キロメートルに加速して逃走し始めたこと、途中一旦減速したが再び加速したこと、車両番号を既に確認し、県外車であることを確認していた。しかも、近藤車両は一旦停車後突如としてUターンし、時速約一〇〇キロメートルで逃走したのであり、この時点で、近藤車両の逃走の意思は固く追跡してもこれを停車させ検挙することは困難な状況にあることは容易に認識しえた。さらに、夜間であるうえ逃走車の時速を考慮すると交通事故の発生する具体的危険を十分予想しえたし、また、車両番号を確認済で無線手配等により十分取締りえたのであるから、島谷巡査らは、近藤車両がUターンして再び逃走した時点で再追跡を中止すべき注意義務があつたにもかかわらず、これを怠り、漫然と本件パトカーで時速約一〇〇キロメートルの超高速度でかつ逃走車両と約二〇ないし五〇メートルの至近車間距離で約三キロメートルにわたつて走行追跡する過失を犯したものである。

(2) 東町交差点左折後もなお追跡を継続した過失

東町交差点左折時点において、島谷巡査らには、近藤車両が四つの交差点の信号機を無視し内二、三箇所は赤信号を無視して減速することもなくそのまま突つきつたこと、途中トラツク一台を反対車線にはみ出して追い越したこと、東町交差点では信号待ちで停車中の二台の車に割り込むように右折車線から赤信号を無視して同交差点内に進入し大回りで左折するなど乱暴で危険な運転をしていたことからも、近藤の逃走の意思がより固くなつていることが明らかであり、しかも左折方向の道路は国道より狭く交差道路も多く危険であつたのだから、このような場合、このまま追跡を継続すれば追跡から逃れんため必死に逃走しきろうとしている近藤がなおも赤信号を無視して超高速度で突進し、あるいは運転操作を誤るなどして交通事故などの災害を発生させ一般市民に損害を生じさせるであろうことを十分予想し得たのであるから、島谷巡査らは、東町交差点左折後は、追跡を即座に中止し、通常の速度に減速して一般警ら活動に切替え、その後は無線により包囲網を張るなどの措置をとつて一般市民への損害の発生を未然に防止すべき注意義務があるのに、これを怠り、漫然従前の速度に近い高速度で合計約四・五キロメートルの距離を追跡を継続する過失を犯した。

(3) サイレン吹鳴を雄山町交差点手前付近で中止した過失

島谷巡査らは、近藤車両が東町交差点左折後も各交差点の安全を確認することなく信号を無視して高速度で逃走していつたことを認めたうえ、職務上逃走方向にはいくつもの交差点があり、交差道路から青信号に従つて進行してくる車両があることは当然認識しうる状態であつたのだから、このような場合、近藤車両がなおも交差点の信号機を無視して逃走しきろうとすることを予想し、進行方向の道路との交差道路から同交差点の青信号に従つて進行してくる車両の運転者に道路の危険を告知すべく本件パトカーのサイレンを吹鳴すべき注意義務があるにもかかわらず、これを怠り、軽々に雄山町交差点手前付近で本件パトカーのサイレンの吹鳴を中止する過失を犯し、ために、折から本件事故現場に、青信号に従つて何らの危険も感知するすべもなく進行してきた被害車両をして本件事故に遭遇せしめた。

(二) 因果関係

島谷巡査らは本件事故発生直前まで近藤車両を追跡しており、かつ、近藤は、本件事故発生の直前に本件パトカーの赤色灯を後方に認め、あわてて時速約一〇〇キロメートルに加速して逃走するうち本件事故を惹起したものであるから、島谷巡査らの追跡行為と本件事故との間に因果関係のあることは明らかである。

仮に、本件事故当時島谷巡査らが近藤車両の追跡行為を中止していたとしても、言葉こそ検索であれ、本件パトカーは近藤車両と同方向に進行を継続していたものであるから実態は追跡と何ら変わりがないうえ、島谷巡査らは既に前記のとおりの過失を犯していたものであるから、追跡を中止したからといつて積極的に事故防止の具体的措置をとらない限り、右過失と本件事故との因果関係が中断されるわけではない。

(三) 被告の責任

本件パトカーを運転していた前記島谷巡査らは、被告の公権力の行使にあたる公務員であり、その職務に従事中本件事故を惹起せしめたものであるから、被告は、国家賠償法第一条第一項により、原告らが本件事故により蒙つた損害を賠償すべき責任がある。

4  損害

(一) 原告宗之の損害

(1) 車両損害 金五四万九、七七〇円

本件事故に遭遇した原告宗之所有の被害車両は、右原告が昭和五〇年三月一二日富山ダイハツ販売株式会社から右金額で購入した新車で事故当時も右同額の価値があつたが、本件事故により大破してその用をなさなくなつた。

(2) 休業損害 金八一万円

原告宗之は、本件事故によりその余の原告らが入院したため、その経営する酒・雑貨販売業を一三五日間休業するの止むなきに至り、その間に一日金六、〇〇〇円の割合による収入を喪失した。

(3) 慰謝料 金八一万円

仮に右休業損害が認められないとしても、原告宗之は、本件事故により妻と嫁の手伝いが得られなくなつたばかりか、一家のうち三人も被害を受けた痛手は大きく、これらによる生活利益上の損害及び精神的苦痛ははかり知れないものがある。よつてこれを慰謝するには少なくとも金八一万円が相当である。

(二) 原告百合の損害

(1) 治療費 金一六八万六、〇七一円

原告百合は、本件事故に基づく前記傷害の治療のため、昭和五〇年五月二九日から同年一〇月一〇日まで入院し、次いで昭和五五年一〇月二〇日まで通院したがその治療費として金一六八万六、〇七一円を要した。

(2) 付添看護費 金二万円

右入院期間中の内一〇日間、付添看護を要したが、その費用は一日当り金二、〇〇〇円である。

(3) 入院雑費 金六万七、五〇〇円

前記入院期間中一日当り金五〇〇円の雑費を要した。

(4) 通院交通費 金七万九、六八〇円

前記通院期間中四九八日通院したが、その交通費は一日金一六〇円を要した。

(5) 慰謝料 金三四〇万一、一三七円

原告百合は、本件事故により前記傷害を受け、又それにより頭痛、頸部側屈困難、左肩部運動痛等(自賠法別表後遺障害等級第一二級に該当)の後遺障害を残し、多大の精神的苦痛を蒙つた。

よつて、これを金銭に評価すれば右金額を下らない。

(6) 逸失利益 金二七〇万九、〇二七円

原告百合は、本件事故当時五二歳一一ケ月の主婦であり、かつ原告宗之が経営する酒・雑貨類販売業を手伝つていたが、前記後遺障害により昭和五一年以降その労働能力の一四パーセントを失つた。そして少なくとも六七歳までは稼働し得たから、各年齢における女子の平均年収を基にしてホフマン方式により中間利息を控除し右期間中の逸失利益の本件事故当時の現価を算出すると金二七〇万九、〇二七円となる。

(7) 損害の填補 金一八四万円

原告百合は、自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責」という)による保険金一八四万円を受領した。

(三) 原告環の損害

(1) 治療費 金三七万〇、四〇〇円

原告環は、本件事故に基づく前記傷害の治療のため、昭和五〇年五月二九日から同年七月一日まで入院し、次いで同年一〇月三一日まで通院し、その治療費として金三七万〇、四〇〇円を要した。

(2) 付添看護費 金四万円

右入院期間中の内二〇日間、付添看護を要したが、その費用は一日当り金二、〇〇〇円である。

(3) 入院雑費 金一万六、五〇〇円

前記入院期間中一日当り金五〇〇円の雑費を要した。

(4) 慰謝料 金一一一万一、五五五円

原告環は本件事故により前記傷害を受け、又それにより右股関節歩行痛等(自賠法別表後遺障害等級第一四級に該当)の後遺障害を残して多大の精神的苦痛を蒙つた。よつてこれを金銭に評価すれば右金額を下らない。

(5) 逸失利益 金六九万九、〇三三円

原告環は、本件事故当時二六歳二ケ月の主婦であつたが、前記後遺障害のため少なくとも昭和五一年以降一〇年間その労働能力を五パーセントを失うこととなつた。そこで各年齢における女子の平均年収を基にしてホフマン方式により中間利息を控除し右期間中の逸失利益の本件事故当時の現価を算出すると金六九万九、〇三三円となる。

(6) 損害の填補 金一〇一万四、七七〇円

原告環は、自賠責による保険金一〇一万四、七七〇円を受領した。

(四) 原告しのぶの損害

(1) 治療費 金六八万〇、七一八円

原告しのぶは、本件事故に基づく前記傷害の治療のため、昭和五〇年五月二九日から同年一〇月一〇日まで入院し、又昭和五一年六月一四日から同年七月二日まで通院し、その治療費として金六八万〇、七一八円を要した。

(2) 付添看護費 金二七万円

右入院期間中付添看護を要したが、その費用は一日当り金二、〇〇〇円である。

(3) 入院雑費 金六万七、五〇〇円

右入院期間中一日当り金五〇〇円の雑費を要した。

(4) 慰謝料 金二六〇万円

原告しのぶは、本件事故により前記傷害を受け、又それにより左下肢短縮、左肢関節内施障害、左下腿醜状痕等(自賠法別表後遺障害等級第一三級に該当)の後遺障害を残して多大の精神的苦痛を蒙つた。よつてこれを金銭に評価すれば右金額を下らない。

(5) 逸失利益 金二〇四万一、六七三円

原告しのぶは、本件事故当時四歳六ケ月の女子であつたが、前記後遺障害のため、生涯その労働能力の九パーセントを失うこととなつた。そして一八歳から六七歳まで稼働しうるので、一八歳の女子労働者の平均年収を基にしてホフマン方式により中間利息を控除し右期間中の逸失利益の本件事故当時における現価を算出すれば金二〇四万一、六七三円となる。

(6) 損害の填補 金一四七万円

原告しのぶは、自賠責による保険金一四七万円を受領した。

(五) 弁護士費用

原告らは、本件訴訟にあたつて原告ら代理人両名にその追行を委任し、手数料及び謝金としてそれぞれ次の金員を支払うことを約した。

(1) 原告宗之 金一三万円

(2) 原告百合 金六〇万円

(3) 原告環 金一二万円

(4) 原告しのぶ 金四〇万円

5  よつて、被告に対し、

(一) 原告宗之は、金一四八万九、七七〇円及び内金一三五万九、七七〇円に対する本件不法行為の日である昭和五〇年五月二九日から、内金一三万円に対する本件口頭弁論終結の日の翌日である昭和五七年一月三〇日から各支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金、

(二) 原告百合は、金六七二万三、四一五円及び内金六一二万三、四一五円に対する本件不法行為の日である昭和五〇年五月二九日から、内金六〇万円に対する本件口頭弁論終結の日の翌日である昭和五七年一月三〇日から各支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金、

(三) 原告環は、金一三四万二、七一七円及び内金一二二万二、七一七円に対する本件不法行為の日である昭和五〇年五月二九日から、内金一二万円に対する本件口頭弁論終結の日の翌日である昭和五七年一月三〇日から各支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金、

(四) 原告しのぶは、金四五八万九、八九一円及び内金四一八万九、八九一円に対する本件不法行為の日である昭和五〇年五月二九日から、内金四〇万円に対する本件口頭弁論終結の日の翌日である昭和五七年一月三〇日から各支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金

の各支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び被告の主張

1  請求原因1項の事実は認める。

2(一)  請求原因2項(一)(二)の事実は認める。

(二)  同項(三)の事実のうち、前段は認め、後段は争う。

なお、近藤車両が逃走進行した際の東町交差点に至るまでの間の四か所の信号はいずれも青信号であつた。また、当時は深夜に近く人通りはもちろん車の通行も閑散であつた。さらに、近藤車両が一台の先行車を追越した際、対向車が全くなかつたため右側車輪がセンターラインをまたいだが、これは先行車を追越すための安全措置であり、この道路が片側二車線で幅員が広いから具体的危険状態はなかつた。

(三)  同項(四)の事実のうち、近藤車両が東町交差点を減速しつつ赤信号を無視して左折進行したので、本件パトカーも左折進行したことは認める。

なお、この際近藤車両は、シフトダウンをなし減速して交差点に停車中の他車を回避して左折し、またこの時同交差点を警ら中の外勤警察官が無線傍受して近藤車両を停止捕捉するため、同交差点に進入する車両等をストツプさせ危険回避措置を講じていたので、左折自体に危険は存しなかつた。

(四)  同項(五)の事実のうち、本件パトカーが雄山町交差点付近でサイレンの吹鳴を中止したことは認める。

東町交差点左折直後、本件パトカーと近藤車両との間には約一〇〇メートルの距離が開き、その後も少しずつ車間距離が開き、その後近藤車両が東町交差点より約九九〇メートル南方の雄山町交差点を通過していくのが現認されたが、本件パトカーが右交差点の手前約三〇メートルにまで達したとき、前方道路が右にカーブしていたことと近藤車両との距離が開きすぎたため、近藤車両を見失つた。そこで、本件パトカーは追跡中止をやむなくされ、減速してサイレンの吹鳴もやめ、一般機動警ら活動に切替え、あわせて近藤車両も検索すべく左右の道路に配意しつつ南進し、同市大泉東町二丁目一八番一号先交差点付近にさしかかつたところ、本件事故が発生したことが判明した。

3(一)(1) 請求原因3項(一)の(1)の事実のうち、近藤車両が一旦停車後突如としてUターンし時速約一〇〇キロメートルで逃走したこと、本件パトカーが同速度位で近藤車両を追跡したことは認め、その余の事実は争う。

(2) 同項(一)の(2)の事実のうち、近藤車両がトラツク一台を追越したこと、東町交差点で赤信号を無視して左折したことは認め、その余の事実は争う。

(3) 同項(一)の(3)の事実のうち本件パトカーが雄山町交差点手前付近でサイレンの吹鳴を中止したことは認め、その余の事実は争う。

(二) 同項(二)の主張は争う。

本件事故発生当時本件パトカーは近藤車両を追跡しておらず、近藤も既に追跡されていないことを認識していたのであるが、近藤は、本件事故現場の交差点へさしかかつた際、同交差点の赤信号に気づいたにもかかわらず、同交差点における適切な運転操作を怠つたため本件事故を惹起したもので、本件パトカーの追跡行為と本件事故の間に因果関係はなく、本件事故は近藤車両固有の注意義務懈怠により発生したものである。

仮に、近藤が本件パトカーの赤色灯を見たために再度加速したものであるとしても、本件パトカーは、一般機動警らに切替え、近藤車両の逃走方向を進行せざるを得ないのであり、その場合、追跡を継続していなくとも、近藤車両は本件パトカーの赤色回転灯を見る可能性があるばかりでなく、また、本件パトカーは、近藤車両が東町交差点を左折したことを無線で通報しているのであるから、他のパトカーがサイレンを鳴らし、あるいは赤色回転灯をつけて近藤車に接近する可能性もあり、近藤車両はそれをみて再び逃走することもあり得るわけで、島谷巡査らとしては、そのような場合まで予測し、未然に近藤車両の逃走を防止すべき措置をとることは不可能であり、結局本件事故と追跡行為との間に因果関係はない。

(三)  同項(三)の事実のうち、島谷巡査らが被告の公権力の行使にあたる公務員であつて当時その職務に従事していたことは認めるが、その余の事実は争う。

(四)  追跡行為の適法性と重要性

(1) およそ警察は、個人の生命・身体及び財産の保護に任じ、犯罪の予防・鎮圧・捜査、被疑者の逮捕、交通の取締りその他公共の安全と秩序の維持にあたることを責務とし(警察法第二条)、警察官は、異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して何らかの犯罪を犯し若しくは犯そうとしていると疑うに足る相当な理由がある者、又は既に行われた犯罪について若しくは犯罪が行われようとしていることについて知つていると認められる者を停止させて質問することができ(警察官職務執行法第二条)、さらに現行犯人は何人でも逮捕できるのだからまして警察官としてこれを座視することはできない(刑事訴訟法第二一三条)。

本件パトカーの乗務員であつた島谷巡査外二名は、本件事故当時富山警察署外勤課自動車警ら係として富山市内を警ら中であつたが、その任務は、無線自動車の機動力をいかして、広域警ら及び重点警らにより、事件・事故の防止、被疑者の逮捕、交通の指導取締りその他警察事案の初動措置にあたり、緊急配備・一一〇番通報その他緊急な事件・事故の発生に際して迅速な初動処理を行うほか、集中警ら・捜索・検問等により事案の早期解決につとめることにあり、その活動は警察諸活動の全般に及び、右任務を達成するため、その良識と叡知をかたむけ、積極的な立場でその職務を忠実に執行することが要求されており、徒らに怯懦に流れ、消極的態度に終始し、その職務の忠実な執行を忽せにできないのである。

(2) しかして、一般に追跡行為が行われるのは、現行犯人を逮捕する場合、速度違反その他の手段により交通秩序をびん乱する者を排除する場合、いわゆる職務質問の必要がある場合、令状により逮捕する場合、緊急逮捕する場合等である。そしてこれらはいずれも、一般公衆が警察に対し一刻も早くその無法状態を取り除き、公共の安全と秩序の維持を緊急に要請している場合であり、警察官としては、その要請にこたえるべく速かに相手方に近づき停止又は逮捕することによつて交通の秩序を回復し、社会の不安を取り除き、或は犯罪を検挙予防する等して公共の安全と秩序を速かに維持回復する責務があるのである。

そして、自動車警ら係の警察官は、昨今の自動車時代に対応して無線自動車の機動力を生かして、追跡事案が発生した場合、速かに追跡を行い、事案の迅速な初動処理と早期解決に努めなければならないのである。故に相手方が逃走した場合、その職務を途中で打ち切り逃走して行く姿を唯慢然と拱手して見送るというが如きは、自動車警ら係の警察官としてはその職務を放棄したものというべきであり、逃走する相手方がある場合、その速度に対応して追跡することは警察活動として一般公衆からも要求される最も基本的な手段であり、しかも追跡なる行動は逃走する相手方に接近する手段として最も有効で必要自然な合理的行動にして警察の重要な職務行為である。したがつて、本件の如き追跡行為は、警察の使命を達成するために必要不可欠な手段であり、かつ、自動車警ら係の警察官にとつては、その職務上の責務であつて、これを厳重に規制することは、一般公衆の生命・身体・財産の保護をなおざりにするものであり、ひいては公共の安全と秩序の維持が保たれず、警察は一般公衆の信頼と期待にこたえることができない結果となる。

(3) これを本件についてみるに、近藤車両は速度違反行為を犯しただけでなく、警察官の指示により一旦は停止しながら、突如として高速度で逃走を企てたのであるから、いわゆる挙動不審者として何らかの犯罪に関係があるものと判断し得る状態にあつた。したがつて、本件パトカーの追跡行為は、当時近藤を速度違反の現行犯人として検挙又は逮捕して速かに道路の安全と秩序を回復する必要性に加えて、挙動不審者に対する職務質問の必要性も存在していたのであるから、正当な職務行為というべきである。

(五)  本件追跡行為の具体的必要性及び無過失

(1) Uターン後追跡開始の必要性が極めて高く具体的危険性もなかつたことについて

(ア) 本件の如く、制限速度の倍近い速度違反の車両については、それ自体公衆の生命・身体に対する危険を包含するものであり、速かに制止検挙する必要があり、また、追跡を中止すれば、違法状態が除去されるとは限らず、むしろ危険が増大するおそれもある。

(イ) 犯罪の巧妙化・多様化・広域化に伴い現場捕捉の必要性が極めて高くなつており、不審車両には、当該車両を使用して現に犯罪を敢行中の場合や、盗品等を所持している場合が多く、事後捜査では、被害者救護の機会を逸するのみならず証拠を隠滅される例も多い。また、犯人の氏名人相等が特定されないと車両番号の確認のみでは偽造ナンバーや盗難車の場合等に対処できなくなる。

(ウ) 夜間、県外ナンバーの自動車が、警察官の近づくのを見て、突如Uターンして逃走し、更に検問を突破する等、客観的にみても交通違反の他に何らかの罪を犯しているのではないかと疑うに足りる高度の蓋然性が存した。

(エ) Uターン地点から東町交差点までの国道八号線は、歩車道の区別のある片側二車線の幅員の広い道路であつて、当時通行車両は非常に閑散としていたうえに、前記のとおり近藤車両もこの区間の四か所の青信号に従つて進行していたので、危険な状況は全くみられなかつた。

以上の諸点を考えると、Uターン地点から東町交差点まで追跡を続行することは当然であり、代替措置を理由として追跡を中止すれば、現に逃走車が顕出している違法状態を除去できず、かつ、挙動不審者の逃走を放置しておくことは、かえつて警察の任務放棄として一般市民の非難を免れない。

(2) 東町交差点左折後も追跡の必要性があり具体的危険性がなかつたことについて

(ア) 警ら用無線自動車による追跡は、特に刻々変化する千変万化の事象につき、乗務員自身が瞬時に臨機応変の処置をとらざるを得ず、その具体的基準を文章化することは不可能であリ、いわゆる伝承教養として徒弟指導されているものである。

(イ) 東町交差点左折後も、現実に追跡してきた国道八号線と幅員がほぼ同じで、当時全く交通量のなかつたしののめ通りの道路状況を無視して追跡を中止することは失当である。

(ウ) 追跡方向は、市街地に向かう道路というより郊外へ向かう道路であつた。

(エ) 本件の場合、現実に東町交差点で検問したものの突破され、公会堂交差点で検問配備するも近藤車両が東町交差点を左折したため空振りとなつた。また、限られた人員による配備でありしかもその配備に時間を要することも考えあわせれば、できるだけ追尾し、逐時逃走方向を手配する必要があつた。

(オ) 東町交差点左折後、近藤車両との車間距離が約一〇〇メートルに開き追跡が困難な状況になりつつあるのに加え、その後車間距離がさらに開き、遂に雄山町交差点手前で近藤車両を見失つたものであり、その間逃走車両の逃走方向を確認し、さらに無線手配する必要があつた。

(カ) そもそも、追跡を中止するには、中止に必要な各種情報及び条件が加わつて初めて中止されるのが相当であるから、本件パトカーが近藤車両の追跡が困難な状況になりつつあるのに加え、車間距離が次第に開き、雄山町交差点手前にきて近藤車両を見失つたことから、サイレンの吹鳴を中止し、時速約四〇キロメートルにして、一般機動警らに切り替えた上で、その旨無線連絡し、以後近藤車両の発見も含め、各交差点の左右道路にも留意しながら、一般機動警らを継続したものである。

(キ) 東町交差点左折後雄山町交差点手前までの追跡継続は、距離にして約九〇〇メートルで、時速約七〇ないし八〇キロメートルで走行したとすれば、わずか四〇秒前後のことであり、この程度の時間は、中止の判断を下すのに必要な時間である。

(ク) したがつて、かかる追跡者に過失ありとすることは、ほとんど追跡一般を禁ずるに等しく、また、少なくとも追跡者を必要以上に消極的にならせることは必定であり、現代車社会における警察官の士気をも低下させ、その任務を理解しないものといわなければならない。

(ケ) ところで、近藤は結果的には交通違反として処理されたものの、県外ナンバーを有する車両が職務質問に移行する寸前にUターンして突然逃走するなどその後の近藤車両の一連の逃走状況は、速度違反の他に何らかの重要な刑事犯罪を犯しているのではないかとの嫌疑をもたせるのも無理からぬ状況であつたし、現に近藤は過去八回にわたり犯歴を有していたものである。

したがつて、近藤が富山市内を徘徊していた目的については、同人の当時の生活状況よりしてその弁解に納得し難いものがあり、それが奈辺にあつたかはともかくとして、今日警察官の職務質問により多数の犯罪が検挙されているばかりでなく、その予防が行われて一般公衆の生命・身体・財産が保護され、公共の秩序と安全が維持されていることは顕著な事実である。

以上のとおり、本件追跡は当時第三者に対する法益侵害の可能性は極めて薄く、しかもパトカー乗務員としては、現実に発生している交通秩序のびん乱を速かに除去し、交通の安全を図る現実の必要性ばかりでなく、昨今の車社会における車使用の重大犯罪を予防・除去し、社会的法益を擁護すべき重大使命が課せられており、しかもその追跡の方法程度は社会通念上許されるものであつたから、いずれに対する関係でも適法である。

また、本件パトカーの運転者である島谷巡査としては、警察官としてその職務を忠実に執行したものであり、当時本件追跡が違法とはいささかも考えておらず、そのように判断することが当然といえる状況にあつた。

即ち、追跡行為は状況が流動的であり、現場において事態を誤りなく正確に判断し、それに従つて行動することは微妙で困難なものがあるが、島谷巡査としては、現場の状況を可能な限り正確に認識し、これに応じて東町交差点左折後速度を調節し、また車間距離が開き近藤車両が視界から消えた時点で直ちに追跡を中止するなどの臨機応変の措置をとりながら、追跡を行つたものであり、警察官として当時の状況に照らし最善と思われる手段をとつたものである。また、同人だけでなく警察官であれば誰でもこのような手段に出てもやむをえないと見られる状況にあつたのであるから、島谷巡査の職務執行に何ら過失はない。

(3) サイレン吹鳴の中止について

前記のとおり、本件パトカーは雄山町交差点手前で追跡を中止したのであるから、サイレンの吹鳴を中止することは当然であり、緊急自動車でもないのに徒らにサイレンの吹鳴を継続することはかえつて混乱を招くものであり、本件パトカーのサイレン吹鳴中止措置に何ら非難されるべき点はない。

4(一)  請求原因4項(一)の事実のうち、車両の損傷事実は認めるが、その程度損害額及びその余の事実は知らない。

(二)  同項(二)の事実のうち、(7)の事実は認め、その余の事実は知らない。

(三)  同項(三)の事実のうち、(6)の事実は認め、その余の事実は知らない。

(四)  同項(四)の事実のうち、(6)の事実は認め、その余の事実は知らない。

(五)  同項(五)の事実は知らない。

5  請求原因5項の事実は争う。

第三証拠〔略〕

理由

一  本件事故の発生

請求原因1項の事実は当事者間に争いがない。

二  本件事故に至る経緯

請求原因2項(一)、(二)の事実、同項(三)前段の事実、同項(四)の事実のうち、近藤車両が東町交差点を減速しつつ赤信号を無視して左折進行したので本件パトカーも左折進行したこと、同項(五)の事実のうち、本件パトカーが雄山町交差点付近でサイレンの吹鳴を中止したことはいずれも当事者間に争いがなく、右争いのない事実にいずれも成立に争いがない丙第二三ないし第二六号証、第三二ないし第三五号証、第三七号証及び第四〇号証、証人近藤金光の証言及び分離前相原告中川茂本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる丙第三九号証、原本の存在及びその成立に争いがない乙第四号証、証人近藤金光、同島谷忠男(第一、二回)、同稲見成美、同奥井智貴、同金山宗正、同佐藤勇三、同中西京子、同今村武志、同早勢政二、同千田笑子、同山村章好及び同坪崎昭一の各証言、分離前相原告中川茂本人尋問の結果並びに調査嘱託及び検証の各結果を総合すれば、次の各事実が認められ、乙第四号証、丙第二四号証及び第四〇号証並びに証人島谷忠男、同稲見成美及び同奥井智貴の各証言のうち、右認定に反する部分は前掲各証拠に照らして信用できず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

1  近藤車両の発見と追跡開始

昭和五〇年五月二九日午後一〇時五〇分ころ、富山警察署外勤課無線自動車警ら係巡査島谷忠男、同稲見成美及び同奥井智貴は、本件パトカーに乗車して富山市緑町一丁目方面から同市住吉町一丁目一番一号方面に向かつて北進中富山警察署住吉警察官派出所前の交差点付近にさしかかつた際、国道八号線を高岡市方面から魚津市方面に向け走行中の近藤車両が速度違反車であることを現認した。そこで島谷巡査らは、直ちに近藤車両の追尾を開始し、富山市舘出町二丁目五番河上金物店前付近から同市双代町二七番地富山交通株式会社前付近までの約三八〇メートルの間、約二〇メートルの車間距離を保つて近藤車両の速度を測定したところ、時速七八キロメートルで走行していることが確認された。右道路は富山県公安委員会が終日自動車の最高速度を時速四〇キロメートルと指定していた道路であるから、近藤車両が指定速度違反車両であることが確認されたので、本件パトカーは、近藤車両を停止させて検挙するため赤色灯を点灯しサイレンを吹鳴して同車の追跡を開始した(以上の事実は当事者間で争いがない)。

2  近藤車両が停止するまでの状況

本件パトカーが追跡を開始するや、近藤車両は時速約一〇〇キロメートルに加速して逃走を始めた。そして約五〇〇メートル東進した同市田中町八〇番地の一富山ダイハツ販売株式会社前付近で本件パトカーが追いつき近藤車両と並進状態となつたが、その際近藤車両は一旦減速したものの、再び加速した。そこで本件パトカーが更に追跡を続けたところ、約四五〇メートル東進した同市荒川西部一〇〇番地富山三菱自動車前付近で近藤車両が停止したので、本件パトカーも近藤車両の前方約二〇メートルの地点に斜めに進路を塞ぐように停車した。なお島谷巡査らは前記富山ダイハツ販売株式会社前付近で近藤車両の車両番号が名古屋五六て五三〇五号であることを確認した。

3  近藤車両の逃走と東町交差点までの再追跡の状況

右停車地点から同市東町一丁目五番地東町交差点までの国道八号線は、富山市の市街地をほぼ東西にのびる歩車道の区別のある平坦な道路でその間の距離は約二キロメートルであり、車道は幅員が約一五メートルの四車線(片側二車線)となつており、アスフアルト舗装がなされていた。道路両側には主として会社や商店等の建物が立ち並んでいる。又右区間は最高速度が時速四〇キロメートルと指定されている。そして別紙図面のとおり、右停車地点から双代町交差点まではほぼ直線、同交差点からゆるく南方に折れて舘出交差点までは直線、同交差点から更にゆるく南方に折れて東町交差点の東方約一〇〇メートルの交差点までは直線、同交差点からゆるく北方に折れて東町交差点までは直線であり、右区間には地鉄不二越線と平面交差しているほか多数の交差点があり、その間の信号機設置場所は、別紙図面説明欄に記載のとおりである。

前記停車後稲見、奥井両巡査が本件パトカーから下車し、事情聴取のため近藤車両に歩み寄つたところ、検挙されることの恐怖心と他県であることの不安感から逃走を決意した近藤は、突如Uターンして高岡市方面に向け時速約一〇〇キロメートルで逃走を開始した。そこで、島谷巡査は稲見、奥井両巡査の乗車をまつて直ちに本件パトカーを発進させUターンし、赤色灯をつけサイレンを吹鳴して再び近藤車両の追跡を開始し、同時に富山県警察本部通信司令室を介して県内各署に逃走車両の車両番号、車種、車色、逃走方向等について無線手配を行つた。本件パトカーは、近藤車両との車間距離約二〇ないし五〇メートル、時速約一〇〇キロメートルで追跡を続行したが、途中Uターン地点から約九五〇メートル西進した富山交通株式会社前付近を追跡中、本部交通機動隊の車両が国道八号線公会堂前附近で検問を開始した旨の無線交信を傍受した。

そして、近藤車両は、右区間を時速約一〇〇キロメートルで逃走進行していつたが、途中富山トヨタ自動車株式会社前付近で先行するトラツク一台を自車の一部を反対車線にはみ出して追い越し、また右区間に設置されていた田中町交差点、双代町交差点、舘出町交差点の各信号機のうち、少なくとも一か所は赤信号を無視して走行した。

4  東町交差点左折の状況

東町交差点手前の国道八号線は、左折車線、直進車線及び右折車線の三車線になつている。

近藤車両は、同交差点にさしかかるや、左折車線及び直進車線に先行車が信号待ちのため停車していたにもかかわらず、減速しつつ右折車線から大回りで赤信号を無視して左折逃走し、本件パトカーも同様の方法で左折し追跡を継続した。

5  左折後本件事故現場に至るまでの状況

東町交差点から本件事故現場までの道路は、富山市の市街地をほぼ南北にのびる富山市道大泉赤江線(通称しののめ通り)であり、その間の距離は約一・七キロメートルあり、歩車道の区別のある平坦な道路である。そして東町交差点から途中の雄山町交差点までの車道は、国道八号線よりも幅員はせまいが四車線(片側二車線)で、同交差点から本件事故現場までは二車線(片側一車線)で歩道をも含めた道路の幅員は約一二メートルであり、東町交差点から本件事故現場までの車道はアスフアルト舗装がなされていた。又右区間は最高速度が時速四〇キロメートルと指定されていた。道路両側は商店や民家が立ち並んでいる。そして別紙図面のとおり、東町交差点から雄山町交差点まではほぼ直線、同交差点からゆるく西方に折れて大泉東町一丁目交差点までは直線、同交差点からゆるく西方に折れて大泉中学校グランド北側の交差点までは直線であり、右区間には約二〇か所の交差点があり、その間の信号機設置場所は、別紙図面説明欄に記載のとおりである。

近藤車両は、東町交差点左折後時速約九〇キロメートルで逃走したが、音羽町交差点付近で自車後方視界に本件パトカーが入らなくなつたので、本件パトカーを振り切つたものと考えて一旦時速約七〇キロメートルに減速した。一方本件パトカーは、東町交差点左折の際近藤車両との車間距離が開いたものの、左折後時速約八〇キロメートルに加速して追跡を続行したため近藤車両との車間距離を縮めた。又島谷巡査らは東町交差点を左折直後、近藤車両の逃走方向を無線で手配した。近藤は、右減速後しばらくして再び後方に本件パトカーの赤色灯を自車室内鏡で認め、追跡が継続されていることに気づき、再び時速約一〇〇キロメートルに加速して、少なくとも清水旭町交差点の黄色点滅信号、雄山町交差点及び大泉東町一丁目交差点の各赤色点滅信号を無視して進行し、赤信号を無視して本件事故現場である大泉東町二丁目交差点に進入して本件事故を惹起した。一方、本件パトカーは、近藤車両が信号を無視し高速度で逃走していることを了知しながら雄山町交差点の直前まで追跡を継続したが、同交差点から道路が片側一車線となりかつ前方の大泉東町一丁目交差点から道路が右にカーブしていたことから近藤車両が見えなくなり、そのため赤色灯は点灯したままサイレンの吹鳴を中止し、減速して進行した。

三  責任原因

1  警察官らの過失

(一)  警察法第二条に定める責務を有する警察官は、現行犯を現認した以上これを放置することは許されず、司法警察権に基づき、速かに犯人の検挙、場合によつては逮捕の職責を有し(警察法第二条、第六五条、刑事訴訟法第二一三条)、その職責遂行のため犯人を追跡しうることは当然のことであり、また、道路交通法違反の行為により交通事故発生のおそれがあり道路交通の安全と秩序が犯されている場合にあつては、行政警察権に基づき、速かに違反状態を摘除して道路交通の安全と秩序の回復を図るべく(警察法第二条、警察官職務執行法第一条、第二条)そのために違反車両を停止させ又は停止させるためこれを追跡しうることも多言を要しない。

しかしながら、交通取締に従事する警察官は、単に違反者の検挙のみを目的とするものではなく道路交通の安全と円滑を確保することをもその目的として職務に従事しているのであるから、違反車両が警察官の停止命令に従わずあくまで逃走を続けるような場合、違反車両の現場における検挙のみをいたずらに求めることなく、併せて道路交通の安全及び円滑、一般人の生命、身体及び財産の安全の確保をも図らなければならず、一般人の生命、身体財産の安全を確保しうる適切な方法により違反車両の検挙にあたらなければならない。緊急自動車の一つであるパトカーには、道路交通法上、法令の規定により停止しなければならない場合でも停止することを要せず(道路交通法第三九条第二項)、また、速度違反車を取締る場合には速度制限規定は適用されない(同法第四一条第二項)などの特例が認められているけれども、違反車両の追跡にあたつて、自ら交通事故を惹起することのないように注意して走行すべき注意義務があることは一般車両の場合と異ならず、さらに、自車の追跡行為により被追跡車両が暴走するなどして交通事故を惹起する具体的危険があり、かつ、これを予見できる場合には、追跡行為を中止するなどして交通事故の発生を未然に防止すべき注意義務がある。そしてその際に追跡を継続すべきか否かは、逃走車両の運転速度及びその態様、交通違反の程度及びその態様、道路及び交通の状況、違反車両検挙のための他の手段の有無等追跡の必要性を総合的に検討して判断すべきである。

(二)  これを本件についてみると、前記二で認定したとおり、近藤車両は、Uターンして逃走開始してから東町交差点に至るまでの約二キロメートルの間、道路の両側に主として会社や商店等が立ち並んでいる市街地を指定最高速度時速四〇キロメートルをはるかに超える時速約一〇〇キロメートルの高速度で、途中赤信号を無視し、法規に違反してセンターラインをはみ出して走行するなどの暴走運転を行い、東町交差点では、信号待ちで停車中の先行車がいたのに赤信号を無視して右折車線から大回りで左折したものであり、また、逃走方向である通称しののめ通りは、道路の両側に民家や商店が立ち並ぶ市街地道路で交差する道路が多く、途中の雄山町交差点までは片側二車線であるが、国道八号線よりは道路の幅員がせまく、同交差点からは片側一車線となつておりさらに、島谷巡査らは近藤車両がUターン逃走する以前にすでに同車の車両番号を確認しており、Uターン直後に同車の車両番号、車種、車色、逃走方向等について無線手配を行い、右手配に対し検問が開始された旨の無線を傍受していたし、又東町交差点を左折直後、近藤車両の逃走方向を無線手配していた。

したがつて、このような近藤車両の運転速度及び逃走態様、道路及び交通の状況に照らすと、東町交差点左折後もそのまま追跡を継続したならば、同車の暴走により通過する道路付近の一般人の生命、身体又は財産に重大な損害を生ぜしめる具体的危険が存し、また、島谷巡査らも右のような危険を予測しえたものというべきである。しかも、あえて追跡を継続しなくても交通検問など他の捜査方法ないしは事後の捜査により近藤を検挙することも十分可能であつたと認められる。

してみれば、島谷巡査らは、東町交差点を左折した時点で直ちに追跡を中止する等の措置をとつて第三者への損害の発生を防止すべき注意義務があつたものというべきところ、検挙を急ぐあまり右注意義務を怠り、東町交差点左折後も少なくとも雄山町交差点付近まで時速約八〇キロメートルの高速度で至近車間距離で追跡を継続するという過失を犯したものというべきである。

(三)  被告は、本件パトカーによる追跡行為は司法警察権及び行政警察権に基づく正当な職務行為であつて違法性がなく、ことに本件の場合、追跡は警察の責務を達成するために必要不可欠な手段であつた旨主張する。

しかしながら、本件パトカーの追跡行為は、近藤の道路交通法違反の行為を規制し、同人を検挙するという関係においては正当な警察権の行使として適法な職務行為と認められるが、そのような場合にも、第三者の法益を侵害することを極力避けなければならないことは当然であり、他に手段方法がなく、第三者の法益の侵害が不可避であつて、かつ、当該追跡によつて達成しようとする社会的利益が侵害される第三者の法益を凌駕する場合にのみ、第三者の法益侵害につき違法性を阻却されることがありうるにすぎないものと解すべきである。これを本件についてみると、追跡によつて達成しようとする社会的利益が軽視しえないものであることはいうまでもないが、前記説示のとおり、そのために島谷巡査らがとつた方法は、第三者の生命、身体に対し重篤な危害を加える可能性が極めて高い態様のものであり、しかも他の取締りの方法が十分考えられるのであるから、原告らに負わせた前記傷害の部位程度の重大性に鑑みれば、本件パトカーの追跡の継続が原告らとの関係において違法性を阻却されるものとは到底いえない。

2  因果関係

前記認定のとおり、近藤は、東町交差点左折後音羽町交差点付近で一旦は本件パトカーの追跡を振り切つたものと考えて時速約七〇キロメートルに減速したが、しばらくして後方に本件パトカーの赤色灯を認めて再び時速約一〇〇キロメートルに加速して逃走したために、本件事故を惹起したものであるから、島谷巡査らの右過失と本件事故との間には因果関係があるというべきである。

3  被告の責任

島谷巡査らが、被告の公権力の行使にあたる公務員であり、当時その職務に従事していたことは当事者間に争いがないから被告は、国家賠償法第一条第一項により、本件事故によつて原告らが被つた損害を賠償すべき責任がある。

四  損害

1  原告宗之関係

(一)  車両損害 金四八万八、八〇〇円

原告石川百合本人尋問の結果及びこれにより真正に成立したものと認められる甲第一号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第二一号証によれば、被害車両は、原告宗之が昭和五〇年三月一二日富士ダイハツ販売株式会社から金五五万五、〇〇〇円で購入した新車であつたことであつたこと、本件事故により大破し使用不能となつたことが認められ、右認定を左右する証拠はない。

そして被害車両の本件事故当時の価格については、減価償却資産の耐用年数等に関する大蔵省令及び耐用年数の適用等に関する取扱通達に基づき定率法により減価償却した残額によることとし、前記買入価格を基に算出すれば金四八万八、八〇〇円となる。

(二)  休業損害

請求原因4項(一)の(2)の事実はこれを認めるに足りる証拠がない。

(三)  慰謝料

原告宗之が、その余の原告らの負傷により生活利益上の損害及び精神的苦痛を受けたとしても、その余の原告らが生存し損害賠償請求権を有する以上、原告宗之固有の慰謝料請求権は本人が生命を害された場合に比肩すべき精神的苦痛を受けた場合に限つて認められると解されるところ、右事実を認めるに足りる証拠はない。

2  原告百合関係

(一)  治療費 金一六八万六、〇七一円

原告百合が本件事故により前記傷害を受けたことは当事者間に争いがなく、原告石川百合本人尋問の結果及びこれにより真正に成立したものと認められる甲第五一号証の一ないし一九三(同号証の一二二及び一九二を除く)、第五六号証の一ないし三〇四、三〇九ないし三二七、原告石川環本人尋問の結果及びこれにより真正に成立したものと認められる甲第二八号証、第三〇号証、第三二号証によれば、右傷害は、後記治療の結果昭和五〇年一二月二五日頃、頸部側屈困難、頭痛頸痛等頭部頸部に頑固な神経症状を残す後遺障害を残して症状が固定したこと、原告百合が昭和五〇年五月二九日から同年一〇月一〇日まで河内整形外科病院に入院し、同月二二日から昭和五四年六月四日まで同病院に通院し(実通院日数は四六五日間)、同年八月三〇日から同年一一月二日まで三輪外科病院に通院し(実通院日数は八日間)、昭和五四年六月一四日から同五五年一〇月二〇日まで藤瀬鍼灸治療院に通院して前記傷害、後遺障害の治療を受け、金一六八万六、〇七一円を下らない治療費を要したことが認められ、右認定を左右する証拠はない。

(二)  付添看護費 金二万円

前掲甲第三〇号証、原告石川百合、同石川環各本人尋問の結果によれば、原告百合は前記入院期間中のうち入院当初の一〇日間付添看護を必要とし、親族らが付添看護に当つたことが認められるところ、その費用は一日当り金二、〇〇〇円が相当と認められ、よつてその総額は金二万円となる。

(三)  入院雑費 金六万七、五〇〇円

入院に伴い雑費を要することは明らかであるところ、その額は一日当り金五〇〇円をもつて相当と認められるので前記認定の入院期間中の入院雑費は金六万七、五〇〇円となる。

(四)  通院交通費 金九万四、六〇〇円

原告石川百合本人尋問の結果及びそれにより真正に成立したものと認められる甲第五六号証の三〇五ないし三〇七によれば、原告百合は、河内整形外科病院への四六五回の通院及び三輪外科病院への八回の通院に地鉄バスを利用し、各回往復二〇〇円の交通費の支出を要した事実が認められるから通院交通費の額は金九万四、六〇〇円となる。

(五)  逸失利益 金二五三万九、〇八四円

原告石川百合本人尋問の結果によれば、原告百合が事故当時満五二歳の主婦であり、かつ原告宗之が経営する酒、雑貨類販売業を手伝つていたことが認められる。

前記の事実によれば、原告百合は、平均的労働不能年齢である六七歳まで稼働能力を一四パーセント喪失した状態が持続すると認められ、その間毎年少なくとも同年齢の女子労働者の平均賃金の一四パーセント分を喪失したものといえる。

そして、昭和五一年度賃金センサス第一巻第一表によれば、産業計、企業規模計、学歴計女子労働者(五〇―五四歳)の同年度の年間平均収入は平均月額きまつて支給される現金給与額金九万八、四〇〇円の一二か月分に年間賞与その他特別給与額金二七万五、二〇〇円を合計した金一四五万六、〇〇〇円であり、同五二年度賃金センサスによれば、右同様(五〇―五四歳)の同年度の年間平均収入は平均月額きまつて支給される現金給与額金一〇万九、八〇〇円の一二か月分に年間賞与その他特別給与額金三一万七、七〇〇円を合計した金一六三万五、三〇〇円であり、同五三年度賃金センサスによれば右同様(五五―五九歳)の年間平均収入は平均月額きまつて支給される現金給与額金一一万三、三〇〇円の一二か月分に年間賞与その他特別給与額金三一万四、一〇〇円を合計した金一六七万三、七〇〇円である。そこで、右金額をもとにホフマン方式により中間利息を控除し事故時における逸失利益の現価を算出すれば合計金二五三万九、〇八四円(円未満切捨て)となる。

(六)  慰謝料 金二〇〇万円

前記傷害及び後遺障害の部位、程度その他諸般の事情を斟酌すると、慰謝料としては金二〇〇万円が相当である。

(七)  損害の填補 金一八四万円

原告百合が、自賠責により傷害及び後遺障害保険金として金一八四万円を受領したことは当事者間に争いがない。

3  原告環関係

(一)  治療費 金三七万〇、四〇〇円

原告環が本件事故により前記傷害を受けたことは当事者間に争いがなく、原告石川環本人尋問の結果及びこれにより真正に成立したものと認められる甲第三三ないし第四〇号証によれば、原告環が昭和五〇年五月三〇日から同年七月一日まで河内整形外科病院に入院し、同年七月二日から同年一〇月二一日まで同病院に通院し(実通院日数は四日間)で治療をうけ金三七万〇、四〇〇円の治療費を要したことが認められる。

(二)  付添看護費 金二万円

前掲甲第三八号証、原告石川環本人尋問の結果によれば、原告環は前記入院期間中のうち、当初の一〇日間付添看護を要し親族らが付添看護に当つたことが認められるところ、その費用は一日当り金二、〇〇〇円が相当と認められ、よつてその総額は金二万円となる。

(三)  入院雑費 金一万六、五〇〇円

入院に伴い雑費用を要することは明らかであるところ、その額は一日当り金五〇〇円をもつて相当と認められるので前記入院期間中の入院雑費は金一万六、五〇〇円となる。

(四)  逸失利益 金六九万三、六四二円

前掲甲第三三、第三四号証、原告石川環本人尋問の結果によれば、原告環は、本件事故により前記傷害を受け、昭和五〇年一〇月二一日頃右股関節歩行痛等の後遺障害を残して症状が固定したこと、原告環が事故当時満二六歳の主婦であり、かつ原告宗之の経営する酒、雑貨類販売業を手伝つていたことが認められる。

前記後遺障害の内容によれば、原告環は以後一〇年間稼働能力を五パーセント喪失した状態が持続すると認められ、その間毎年少なくとも同年齢の女子労働者の平均賃金のうち五パーセント分を喪失したものといえる。

そして、昭和五一年度賃金センサス第一巻第一表によれば産業計、企業規模計、学歴計女子労働者(二五―二九歳)の年間平均収入は平均月額きまつて支給される現金給与額金九万八、二〇〇円の一二か月分に年間賞与その他特別給与額金三三万二、四〇〇円を合計した金一五一万〇、八〇〇円であり、同五二年度賃金センサスによれば右同様(二五―二九歳)の年間平均収入は平均月額きまつて支給される現金給与額金一〇万七、八〇〇円の一二か月分に年間賞与その他特別給与額金三七万六、一〇〇円を合計した金一六六万九、七〇〇円であり、同五三年度賃金センサスによれば右同様(二五―二九歳)の年間平均収入は平均月額きまつて支給される現金給与額金一一万四、九〇〇円の一二か月分に年間賞与その他特別給与額金四一万五、六〇〇円を合計した金一七九万四、四〇〇円である。そこで、右金額をもとにホフマン方式により中間利息を控除し事故時における逸失利益の現価を算出すれば合計金六九万三、六四二円(円未満切捨て)となる。

(五)  慰謝料 金八〇万円

前記傷害及び後遺症の部位、程度その他諸般の事情を斟酌すると、慰謝料としては金八〇万円が相当である。

(六)  損害の填補 金一〇一万四、七七〇円

原告環が自賠責により傷害及び後遺障害保険金として金一〇一万四、七七〇円を受領したことは当事者間に争いがない。

4  原告しのぶ関係

(一)  治療費 金六八万〇、七一八円

原告しのぶが本件事故により前記傷害をうけたことは当事者間に争いがなく、原告石川環、同石川百合、同石川しのぶ法定代理人石川宗仁各本人尋問の結果、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第四一ないし第四六号証及び原告石川百合本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第五一号証の一二二、一九二、一九四ないし一九九によれば、右傷害は、昭和五〇年一一月一九日頃治ゆしたが、左下肢約二センチメートルの短縮、左下肢関節内施障害、左下腿の長さ九センチメートル、幅一センチメートルの醜状痕等の後遺障害を残したこと、原告しのぶは昭和五〇年五月二九日から同年一〇月一〇日まで河内整形外科病院に入院し、同年一〇月一一日から同年一一月一九日まで(実通院日数は一六日間)と昭和五一年六月一四日から同年七月二日まで(同八日間)同病院に通院して治療をうけ金六八万〇、七一八円の治療費を要したことが認められ、右認定を左右する証拠はない。

(二)  付添看護費 金二七万円

原告石川環、原告石川しのぶ法定代理人石川宗仁各本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告しのぶは、本件事故当時四歳の幼児であつたことが認められ、右事実に前掲甲第四五、第四六号証、原告石川環本人尋問の結果を総合すれば、原告しのぶは、前記入院中の全期間付添看護を必要とし、内約二〇日間付添婦を雇いその他は親族らが付添看護に当つたことが認められるところ、その費用は一日当り金二、〇〇〇円が相当と認められるので右入院期間中の付添看護費用は金二七万円となる。

(三)  入院雑費 金六万七、五〇〇円

入院に伴い雑費を要することは明らかであるところ、その額は一日当り金五〇〇円をもつて相当とするので前記入院期間中の入院雑費は金六万七、五〇〇円となる。

(四)  逸失利益 金一九一万四、五四六円

弁論の全趣旨によれば原告しのぶが本件事故当時満四歳であつたことが認められ、前記認定の後遺障害の内容によれば、高校を卒業する一八歳から六七歳までの四九年間稼働能力を九パーセント喪失した状態が持続すると認められ、その間毎年少なくとも昭和五三年度賃金センサス第一巻第一表による産業計、企業規模計、学歴計女子労働者(一八―一九歳)の平均月額きまつて支給される現金給与額金九万〇、三〇〇円の一二か月分に年間賞与その他特別給与額金一一万九、八〇〇円を合計した金一二〇万三、四〇〇円の九パーセントの収入を失うものと認められるのでホフマン方式により中間利息を控除し本件事故当時の逸失利益の現価を算出すれば合計金一九一万四、五四六円(円未満切捨て)となる。

(五)  慰謝料 金一八〇万円

前記傷害及び後遺症の部位、程度その他諸般の事情を斟酌すると、慰謝料としては金一八〇万円が相当である。

(六)  損害の填補 金一四七万円

原告しのぶが自賠責により傷害及び後遺障害保険金として一四七万円を受領したことは当事者間に争いがない。

5  弁護士費用

原告らが本訴の追行を原告ら訴訟代理人両名に委任したことは当裁判所に顕著であり、本件事案の性質、難易、認容額その他諸般の事情を考慮すれば、原告宗之につき金五万円、同百合につき金四五万円、同環につき金一〇万円及び同しのぶにつき金三〇万円が、本件事故と相当因果関係にある弁護士費用としての損害と認めるのが相当である。

五  結論

以上の次第で、原告らの本訴請求は、被告に対し、

1  原告宗之において、金五三万八、八〇〇円及び内金四八万八、八〇〇円に対する本件不法行為の日である昭和五〇年五月二九日から、内金五万円に対する本件口頭弁論終結の日の翌日であること記録上明らかな昭和五七年一月三〇日から各支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金、

2  原告百合において、金五〇一万七、二五五円及び内金四五六万七、二五五円に対する右昭和五〇年五月二九日から、内金四五万円に対する右昭和五七年一月三〇日から各支払ずみまで右同率の遅延損害金、

3  原告環において、金九八万五、七七二円及び内金八八万五、七七二円に対する右昭和五〇年五月二九日から、内金一〇万円に対する右昭和五七年一月三〇日から各支払ずみまで右同率の遅延損害金、

4  原告しのぶにおいて、金三五六万二、七六四円及び内金三二六万二、七六四円に対する右昭和五〇年五月二九日から、内金三〇万円に対する右昭和五七年一月三〇日から各支払ずみまで右同率の遅延損害金

の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条本文第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項をそれぞれ適用し、仮執行免脱の宣言の申立については、その必要がないものと認め、これを却下することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 寺崎次郎 宮城雅之 高部眞規子)

別紙 〈省略〉

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